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利休が認めた七種の楽茶碗。

現代では、楽茶碗の創始者・長次郎 作の茶碗はどれもお宝として、数億もの価値があると言われています。その長次郎作の楽茶碗の中でも特に名作中の名作の7種を利休が選んだとされ、「利休七種(あるいは長次郎七種ともいう)」と呼ばれています。それらの茶碗はまさに7種の神器と言っても過言ではないでしょう。なにしろ、その価値プライスレスですから。
それでは、それぞれ見ていきましょう!

 

01

黒楽茶碗 銘 大黒(おおぐろ)

【本物】黒楽茶碗(大黒)〈長次郎作/〉http://www.museum.city.nagoya.jp/より引用

利休の思想が集約されたTHE楽茶碗とも言える一椀ではなりでしょうか。すべての無駄や誇張を排した その静寂な姿が逆に圧倒的な存在感を醸し出します。やや大振りな姿からその銘がついたともされて
います。

02

黒楽茶碗 銘 東陽坊(とうようぼう)

http://kizuna-maboroshi.doorblog.jp/より引用

長次郎の作品としては、やや艶がかっているのが特徴のようです。高台から腰にかけてのシェイプが シュッとしていてスマートな印象です。
利休の高弟で真如堂東陽坊の住職であった東陽坊長盛に贈られためその銘がついたとされています。

03

黒楽茶碗 銘 鉢開(はちびらき)

【写し】 http://shouraku.jp/より引用

消失してしまい現存しないそうです。写真は写しになります。
長次郎の作品としては、ウエストがキュッと引き締まったグラマラスのプロモーションです。仏僧が物乞いする修行「托鉢」をすると姿に似ていることからこの銘がつけられたそうです。

04

赤楽茶碗 銘 木守(きまもり)

http://www.museum.or.jp/より引用

関東大震災で焼失してしまいます。焼け跡から茶碗の破片を見つけ出し、その一片を組み込んで楽家 13代惺入が写しをつくりました。それが写真手前の「木守」なのだそうです。黒ずんでるところがオ
リジナルの破片部分だと思います。
千利休が弟子たちに茶碗を分け与えた際に、たった一つ残ったこの赤茶碗に「木守」と名付けました 。晩秋の時期、柿の木に一つだけ実を残しておき、来秋の豊実を祈る風習に因んだとされています。

05

赤楽茶碗 銘 早船(はやふね)

http://kizuna-maboroshi.doorblog.jp/より引用

長次郎七種の赤楽茶碗で唯一現存します。
高台から腰にかけてのシェイプがシュッとしていて、東陽坊に通じるスマートな印象をうけます。ひびは元からでなく後年ついてしまったもののようです。
利休が茶会のため高麗から早船で運ばせたと偽って語ったという逸話からこの銘がついたとされてい ます。

06

赤楽茶碗 銘 臨済(りんざい)

【写し】http://shouraku.jp/より引用

消失してしまい現存しないそうです。写真は写しになります。
口の部分が波打っているのが特徴です。そこが山の形(京都臨済宗の五山)を連想させるためとか、茶碗を覗き込むと5つの跡がみえるためとか銘の由来には諸説あるようです。

07

赤楽茶碗 銘 検校(けんぎょう)

【写し】http://shouraku.jp/より引用

消失してしまい現存しないそうです。写真は写しになります。
利休が長次郎方で選び残されてあったこの茶碗を見て、「これほど良い茶碗を取り残したとは皆々検 校殿よ」と言った逸話によるものです。
検校とは中世・近世の盲官の最高位の名称だそうで、道具の目利きのできない人を「検校」と呼んだ と言われています。利休にかかれば悪口もウィットに富んでいますね。


【まとめ】

いかがでしたでしょうか?「利休七種」のご紹介でした。現存するものもあり、そうでないものもあ り、その銘にまつわるエピソードも含めて神話的であり、まさに神器と言っても過言ではないのでは ないでしょうか?
写しの茶碗を購入して、神話に思いを馳せながら、普段使いに楽しむのも良いかもしれませんね。