黒樂の面を黄釉が横切り、赤樂の胴には黒い釉が溜まる。樂家三代道入、通称ノンコウの七碗では、形と釉が一碗ごとに違う働きを見せます。道入は長次郎以来の樂茶碗を受け継ぎながら、器形と釉の関係をどう組み替えたのでしょうか。
ノンコウ七種とは何か
ノンコウ七種は、樂家三代道入の代表作として伝わる七つの茶碗です。黒樂の《獅子》《升》《千鳥》《稲妻》、赤樂の《鳳林》《若山》《鵺》から成ります。道入は一五九九年に二代常慶の長男として生まれ、一六五六年に没しました。「ノンコウ」は道入の通称です。
七種という名から、同じ意匠を七通りに展開した組物を想像するかもしれません。しかし七碗は、器形も釉の使い方も揃っていません。丸い碗に対して四方形の《升》があり、黒釉を全面へ掛ける碗に対して黄釉や釉の掛け残しを景色にする碗があります。赤樂三碗も、赤い土の色を一様に見せるのではなく、箆で面をつくり、別の釉を重ねています。
七碗がいつ、誰によって現在の組み合わせに定められたかは、確認できた資料から断定できません。少なくとも大正期以前の陶磁器文献には七碗の名がまとまりとして記録され、近代以降の展覧会や所蔵館の解説でも「ノンコウ七種」が用いられています。道入自身が企画した連作ではありませんが、異なる器形と釉景を一つの作品群として比較できます。
三代道入は、樂茶碗の何を変えたのか
樂茶碗は、轆轤で同じ円を反復するのではなく、手捏ねで土を立ち上げ、削りながら形を整えます。長次郎の黒樂では、装飾を抑えた輪郭と、光を深く受け止める黒が大きな働きを持ちました。道入も、手捏ね、削り、施釉、焼成という樂茶碗の基本を受け継いでいます。
道入の特徴は、その共通の制作法の中で、器体を薄くし、箆で胴や腰に面をつくり、黒釉へ白釉・黄釉・朱釉を重ねたことにあります。さらに、黒釉を部分的に掛け残したり、口縁から厚い釉を流したりしました。器形を先に完成させてから模様を描くのではなく、釉が流れる傾斜、溜まる窪み、別の色と接する場所を、成形と施釉の段階でつくっています。
もう一つの変化が薄作りです。《千鳥》《稲妻》《鵺》について、所蔵館や表千家の解説は薄く軽いことを明記しています。薄い器体では、口縁、胴、腰のわずかな曲率が表面へ直接現れ、釉の厚い部分と薄い部分の差も見えやすくなります。外からは張りのある量感を見せながら、持つと予想より軽い。その差は、茶碗を手に取る道具である樂において、視覚と触覚を同時に動かします。
本阿弥光悦との関係も、道入の位置を考える手掛かりになります。樂家の解説によれば、常慶・道入親子は光悦と交流し、光悦が成形した黒樂茶碗の多くを樂家の窯で焼きました。光悦の形を道入がそのまま模倣したと断定することはできません。ただ、光悦の大胆な器形と焼成に間近で関わる環境にあり、長次郎から受け継いだ方法を唯一の完成形として固定しなかったことは、七碗の差からも確かめられます。
形が釉を動かす——薄作り、箆、幕釉
道入の茶碗を見るとき、形と釉を別々に数えるだけでは足りません。先に器体の面があり、その傾きや窪みの上を釉が流れます。胴を箆で縦に削れば、丸い茶碗の表面に緩い稜線ができます。腰を張らせ、その上で胴を締めれば、釉は張った部分では薄く伸び、境目や裾では厚く溜まりやすくなります。口縁から幕釉を掛ければ、流下する距離と方向は、下にある面の角度によって変わります。
この仕組みは、茶碗を回したときに働きます。正面で強い釉景が見えても、少し回せば黒一色に近い面や、土の見える高台脇へ移ります。四方の《升》では角を越えるたびに面が切り替わり、丸い《稲妻》では連続する曲面の上を朱と黒が移ります。静止画像では「模様」に見える釉景が、手取りの中では輪郭の変化と同時に現れたり消えたりします。
黒樂では艶のある黒釉が器体の面を覆い、黄釉や朱釉、掛け残しが局所的な切れ目をつくります。赤樂では土と透明釉がつくる赤の上へ、黒、青み、白い斑らが重なります。七碗では、こうした材料と施釉の違いが、それぞれ異なる位置に現れます。
黒樂四碗——獅子・升・千鳥・稲妻
《獅子》——白釉が黒を切る

《獅子(しし)》は、艶のある黒釉の中へ白釉の筋が入り込む黒樂茶碗です。近代の名物茶碗資料と、それを基礎にした専門辞典では、道入が白釉を用いた代表例として挙げられます。二〇一六年の樂美術館「三代 樂 道入・ノンカウ展」にも出品され、表千家七代如心斎の書付を伴うことが確認できます。
公開写真と記述から確認できるのは、艶のある黒の中へ淡い釉の筋が入り、その境界が主景になっていることです。器形、口縁、高台の細部は公的資料だけでは精密に記述できませんが、白い部分は獅子を写実的に描かず、その形が銘の手掛かりになっています。《千鳥》の黄抜けと比べると、どちらも黒の一部を明るく切りながら、明部の形と黒地への入り方が異なります。
《升》——四方の角が、釉の流れを区切る

《升(ます)》は、名のとおり平面形が丸ではなく四方に近い黒樂茶碗です。表千家六代覚々斎の書付を伴い、二〇一六年の樂美術館「三代 樂 道入・ノンカウ展」にも出品されました。
四方形では、口縁と胴が連続した円周になりません。角へ近づくにつれて面の向きが変わり、釉が流れる方向にも折れ目ができます。道入の別作《山里》について、サントリー美術館は《升》に似た四方茶碗と説明し、胴をゆったり張り、見込を広く削り、口縁から厚く幕釉を掛けた成形を詳述しています。《山里》を《升》の細部の代用にはできませんが、四方の器体と幕釉を組み合わせることが道入の造形語彙にあったことは分かります。
丸い茶碗では、回す手と視線が滑らかに一周します。《升》では角を通過するたび、口縁の線と胴の面が切り替わります。艶のある黒釉も一枚の曲面として続かず、正面、角、隣の面で光の返し方を変えます。《升》では釉色を変えず、四方形の角と面によって黒の見え方を切り替えています。
《千鳥》——黄抜けを、薄い器体へ残す

《千鳥(ちどり)》は藤田美術館が所蔵する黒樂茶碗です。江戸時代には大坂の両替商・千種屋に伝わり、明治期に平瀬露香が所持しました。明治三十九年の平瀬家売立で藤田傳三郎が購入し、現在の藤田美術館コレクションへつながります。表千家六代覚々斎が銘を付けたと伝わります。
藤田美術館の公式解説は、薄手で軽く、内側が広く感じられること、艶のある黒釉が口縁から垂れるように掛かることを特徴に挙げます。胴には黒釉を掛けない部分を設け、そこへ黄釉を置く「黄抜け」が二か所あります。黄抜けの三角形を千鳥の足跡と見たことが銘の由来とされ、上から見た碗形が緩い三角形だからとする説も紹介されています。
ここでは、薄作りと幕釉、黄抜けが同じ器体で働いています。薄い口縁から厚い黒釉が下り、その連続を胴の黄釉が止めます。黒い地へ黄色い文様を筆で描いたのではなく、黒釉を掛ける範囲と残す範囲を決め、別の釉を重ねています。茶碗を回すと、黄抜けは正面から外れ、艶のある黒が再び大きな面を占めます。
高台には「樂」の字に「自」の字形を用いた自樂印が捺されています。《獅子》が白釉で黒へ入り込む景色をつくるのに対し、《千鳥》は掛け残しと黄釉によって黒を抜きます。道入は明色を足す方法だけでなく、黒釉を掛けない範囲まで造形の一部として扱いました。
《稲妻》——曲面の上で、黒と朱を流す

《稲妻(いなづま)》は表千家に伝わる黒樂茶碗です。北山会館の公式解説によれば、江戸中期頃から歴代家元の襲名茶事に限って用いる習わしがあります。七種の中でも、伝来後の使われ方が具体的に分かる一碗です。
器体は総体にきわめて薄く、高台脇から丸みをつけて腰を張ります。胴の中ほどをわずかに締め、口部は少し開きながら内へ抱え込む形です。下部の張り、胴の締まり、口縁の開きが一つの単純な半球をつくらず、上へ進むにつれて曲面の向きが変わります。
その器形へ黒釉が厚く、流れるように掛かり、漆黒の艶の中へ朱色の釉が混じります。この釉景が稲妻に見立てられました。雷光の輪郭を線描せず、黒と朱の釉が接し、曲面を流れ、焼成によって揺らいだ境界を見せます。《千鳥》では黒を掛け残した場所が明部になりますが、《稲妻》では黒釉の中へ別の釉が流れ込みます。
腰の張りから胴の締まりへ移る面は、下方へ流れる釉に対して傾きを変えます。朱が均一な帯にならず、濃淡を変えながら黒に混じる様子から、道入は朱色の形を直接描くのではなく、釉が動く道筋を器形によって用意したと読むことができます。
赤樂三碗——鳳林・若山・鵺
《鳳林》——縦箆と横箆が、赤い胴を分ける

《鳳林(ほうりん)》は、熟柿色の釉に青みの火変わりと白い斑らが現れる赤樂茶碗です。金閣寺の僧・鳳林承章が所持したことにちなむ銘とされ、鳳林承章から鴻池家、松平不昧へ伝わった記録があります。江岑宗左と如心斎宗左の書付も伝えられます。
『大正名器鑑』等を基礎にした専門辞典では、口縁をやや内へ抱え、山道のように高低をつけ、胴を締めて腰を張る形と説明されています。胴と裾には縦箆と横箆が使われ、高台は土を見せ、内側に樂印を捺します。赤土の上に熟柿色の釉が掛かり、部分的な青みの火変わりと白い斑らが景色になります。
《鳳林》では、縦箆と横箆が同じ胴の面を異なる方向へ切ります。釉はその凹凸の上で厚みを変え、熟柿色を均一な面にしません。《若山》にも強い箆目がありますが、《鳳林》は口縁の高低、胴締め、張った腰を組み合わせ、上から下まで複数の方向を持たせています。赤樂の色むらを焼成だけの偶然にせず、釉が変化する下地を削りによって増やした形です。
《若山》——強い箆目を、端正な輪郭へ収める

《若山(わかやま)》は野村美術館所蔵の赤樂茶碗です。和歌山の菅沼家に伝わった碗を表千家七代如心斎が見いだし、地名にちなみ命銘しました。その後は鴻池家へ入り、昭和十五年の同家売立で野村得庵が入手したと、野村美術館の公開資料は伝えています。
胴には強い箆目が残りますが、全体の姿は端正で落ち着いています。高台脇には三角形の釉の掛け残しがあり、やや小さな高台の内側へ道入の樂印を捺します。ここで箆目は、輪郭を激しく崩すためではなく、整った器形の表面へ角度の違う細い面をつくります。正面から見ると落ち着いた茶碗が、光の向きや回す角度によって細かな明暗を変えます。
釉の掛け残しは、胴の中央ではなく高台脇にあります。《千鳥》では黄抜けが黒い胴の主景になりますが、《若山》では土と釉の境界が茶碗の下部へ置かれ、視線を高台へ導きます。小さめの高台と三角形の土見せが近接するため、上部の広がりと足元の締まりが対照になります。同じ「掛け残す」という操作でも、場所を変えることで器形のどこを強く見せるかが変わります。
《鵺》——赤い器体に、黒を景色として置く

《鵺(ぬえ)》は三井記念美術館が所蔵する赤樂茶碗で、国の重要文化財に指定されています。江戸時代・十七世紀の作で、高さ八・九センチ、口径一二・一センチ、高台径五・八センチ。表千家北山会館は、道入の茶碗の中でも特に大振りで、堂々とした姿を持ちながら全体は薄作りだと説明します。
赤い胴の正面には、形の定まらない黒い釉景があります。銘は『平家物語』の源頼政による鵺退治にちなみ、この黒を鵺が現れる黒雲に見立てたものと伝わります。怪物の姿を描いたのではなく、赤い器体へ黒釉を局所的に置いた結果が、物語の暗い雲と結びつきました。
《稲妻》と比べると、黒の役割が反転します。《稲妻》では黒が茶碗全体を覆う地となり、朱がその中を走ります。《鵺》では赤が広い地となり、黒が一か所へ集まる景色になります。しかも《鵺》は大振りで薄い。広い胴面があるため、黒い釉景の外側に赤い余地が残り、茶碗を回すと黒が視界から外れる面も現れます。黒は色の種類だけでなく、器体上の面積と位置によって、地にも焦点にもなります。
伝来は江戸時代の豪商・三井家につながり、覚々斎宗左と久田宗悦の書付を伴います。大振りで薄い器体の広い胴面には、黒い釉景の周囲に赤い部分が十分に残されています。
七碗を比べる——形と釉をどう変えたか
黒樂四碗を比べると、黒釉をどう途切れさせるかに複数の方法があります。《獅子》では白釉との接触、《千鳥》では黄抜け、《稲妻》では朱釉の流入が黒を切ります。《升》は釉色を大きく変える代わりに、四方形の角と面が黒い光沢を区切ります。道入は黒を均一な背景として守るのではなく、異なる釉、掛け残し、器形の折れによって変化させました。
赤樂三碗では、土の赤と削った面の関係が前へ出ます。《鳳林》は縦箆と横箆、胴締めと張った腰によって釉の濃淡が生じる面を増やします。《若山》は強い箆目を端正な姿へ収め、高台脇の釉残りで足元を強調します。《鵺》は大振りで薄い器体へ黒釉を局所的に置き、赤を黒の周囲に残します。三碗とも赤樂ですが、赤の見せ方は、削り、掛け残し、黒釉の面積によって異なります。
七碗に共通するのは、釉がどこで薄くなり、どこに溜まり、どの色と接するかを変えるため、器体の条件を一碗ずつ変えた点です。薄作りは輪郭の変化を表面へ近づけ、箆は丸い胴に傾きの違う面をつくり、幕釉は重力に従ってその面を下ります。掛け残しは土を露出させるだけでなく、釉が終わる輪郭をつくります。
ここには、制御と偶然の分担があります。手捏ね、削り、施釉によって、道入は器体の厚み、面の向き、釉を掛ける位置を決められます。一方、窯の中で釉がどこまで流れ、色がどの程度混じり、火変わりがどう現れるかは完全には固定できません。道入は変化が起こる場所を成形と施釉で絞り込み、その先を火へ委ねました。
結び——釉が動く条件を、形につくる
手捏ね、削り、施釉、焼成は、道入だけの技法ではなく、樂家の歴代が受け継いだ制作の基盤です。道入はその基盤を保ちながら、薄い器体、箆でつくる面、異なる釉の重なり、掛け残しを一碗ごとに組み替えました。形によって釉の動く範囲を定め、最後の色の混じり方は火へ委ねています。
黒釉を切る位置、赤を残す面、箆で起こす稜線が変われば、同じ黒樂、赤樂でも釉景は異なります。《稲妻》の朱は、張った腰と締まる胴を流れた釉です。《鵺》の黒は、大振りで薄い赤樂の一部へ置かれ、広い赤の中に一つの景色をつくっています。
七碗を並べると、器形と施釉の違いが、釉の流れや溜まり、色の接点を一碗ごとに変えていることが分かります。最後の景色を火に委ねながら、変化が現れる場所を形によって用意した、と読むことができます。
主要参考資料
- 樂焼・樂吉左衞門「樂家歴代紹介 三代道入」
- 樂美術館「収蔵作品 三代道入」
- 樂美術館「三代 樂 道入・ノンカウ展」出品作品リスト
- 藤田美術館「樂家の名工ノンコウの茶碗」
- 表千家北山会館「黒樂茶碗 銘 稲妻」
- 三井記念美術館「赤樂茶碗 銘鵺」
- 表千家北山会館「赤樂茶碗 銘 鵺」
- 野村美術館「赤樂茶碗 銘若山」
- サントリー美術館「黒樂四方茶碗 銘 山里」
- 国立国会図書館デジタルコレクション 大西林五郎編『日本陶器全書』
- 樂直入・樂吉左衞門『改訂新版 定本 樂歴代』淡交社、二〇二三年
- 高橋箒庵『大正名器鑑』
FEATURED



